セックスは「してはいけないこと」なのか (1) の続きです。
なんだかんだと、性的なものはダメな事と育てられた私は、気が付けば自分の体液がとても汚いもののように思い、オナニーの後には罪悪感にさいなまれ、10代中盤までを過ごしました。
高校生あたりになると、なんとなく分別がわかってくるというか、そういう価値観もあればそうでない価値観もある程度には柔らかくなっていたようには思いますが、かといって母上の「高校生はセックスなんかしちゃダメ」を論破できるほどの自己は形成できていませんでした。
「妊娠したらどうするの、お金や責任はどうするの、人生は学校はどうするの」についての答えは「どうしようもない」以外になかったのです。
高校生の頃のセックスは、感想としては想像していたよりもよくなかった、でした。
最初は精神的な興奮もあって楽しくて気持ちいい。でも挿入後しばらくすればどうでもよくなってしまう。そろそろ終わってほしいと思う。気持ち悪くは無いけども、気持ちいいわけでもない。そんなセックスでした。
今思えば、未熟なティーンの身体なのだからそうなって当然です。それでも、一応したくないわけではありませんでした。ただリスクに見合った「したい」だったかというと……
当然のようにオーガズムはありませんでした。オナニーではイケるけれどセックスでは全然、相手の手でも無理でした。
そして高校卒業後、夫に出会います。
私は純粋に驚きました。とにかく性的なモノへの肯定感がとても強い夫にです。特段性欲が強いという人ではなかったですが、セックスをして何が悪いの? というようなことを言います。
聞けば、子供の頃家族でテレビを見ている時に気マズイシーンが流れてきても、特にチャンネルを変えたりすることはなかったと。
また、彼女ができた、私と付き合い始めたという話をそれとなくすると、ドアの前にコンドームの箱がまとめて置いてあったと。
親には「最近してんの」「避妊どうしてんの」くらい聞くと。
本当にあっけらかんと言うのです。
とはいえ、夫の性的な観念すべてがその土壌で培われたかというと、きっとそんなこともなくて、元々の持って生まれた性格、努力家であり自信家な所、自己肯定感、その他諸々の性格から形成されたものだとは思います。
夫と付き合い始めてからでしょうか、セックスの時の体液はもちろん、オナニーの時の体液も、気付けば汚いとは思わなくなっていました。自分で舐めることさえ平気になったというか……
そうして、夫と付き合い始め、最初のピンチを迎えます。初めて月経が遅れたのです。
セックスは「してはいけないこと」なのか (3) へ続きます。