避妊の話をしよう

書いた人: 妻

 こんばんは、瑞谷です

 何度も書いてきた、当たり前の話を今日もまた出してきました。

 私のtwitterアカウントは、ゲームの話もすればピアノの話もするし、友人と下ネタでよくわからない掛け合いもするし、時々あー今日はしんどかったなーってことも書く、普通のアカウントです。

 そんな普通のアカウントで、普通に避妊の話をすることが大事だと私は思っているのです。
 セックスは機会があれば誰しもがする、割と普通の日常的なこと。もちろん嫌いな人もいるので、「するのが正しい」とは言いません。そんなのは人それぞれですから。

「誠実かどうか」と混同している

 男性用コンドーム(陰茎用コンドーム)は、男性側が付けるモノの為、実際の現場はほぼ「男性が使うアイテム」風味になっています。

 これはある種の指標のようなもの……要するに、コンドームを使いましょうとする姿勢が「男性の誠実さ」であり、日本ではそれがほぼイコール「避妊をしましょう」「そうしましょう」の意味合いにもなっている感じがします。

 他の避妊方法が壊滅的な以上、そうなったのはしょうがないとは思うのですが、これにはなんというか違和感が拭えません。

 しかし、だからといって「避妊はどうするか」「ピルを飲みましょう」となった時に、「ならばコンドームは不要かな?」と男性側から言い出すのはとても難しい問題です。
 そして、ピルを使用するからと言って、コンドームが不要になるケースは限られます。
 それは

・性病検査と治療を終え、お互いがキャリアではないことが確認できている状態
・お互いがお互い以外のパートナーとセックスをしないという確証

 これら土台が無いと「ピルを使用すればコンドームは不要」とは絶対に言えません。

 ここまでの話し合いが出来ることがお互いにとっての「誠実」であって、男性がコンドームを使おうとする姿勢自体が誠実だとかいうのは、切り取った末端の事象程度の問題です。

 男性がコンドームの積極的使用のみを誠実と捉えるなら、例えばコンドームが破損した時にはその誠実さをどうやって担保しましょうか。

 コンドームを誠実の指標にしてしまうのは、思考停止もいい所です。

なんだかんだと「話し合えない」カップル達

 以前私はこのようなツイートをしていました。

 茶化した書き方ではありますが、これは下ネタが言えるか言えないか程度の話ではなくですね。

 セックスという単語さえ、パートナーの前で発することができない。発する状況になったことがない。そんな風に真面目に切り出した、切り出されたことがない。

 要するに、エッチなことを真面目に話せない。
 という意味合いで、具体的にセックスという語を出しています。

 むしろ「エッチする」「しない」みたいな言い方ならよくされるかもわかりませんね。でもそれって、照れくさいというか、セックスって言い辛いからエッチって言ってるみたいな、そういう“おぼこさ”を私は感じてしまいます。

 これって、結構すごいことではないですか。
 自分の人生が左右される活動について、ちゃんとした語で、ちゃんと話せない。

 実際には皆さん、パートナーとどのくらい性について話してらっしゃるでしょうか。
 流石にうちみたいに、食事中にもやいのやいの喋ったり、ゲームしながら喋ったりは、しないのでしょうか。

 我が家は、出先ではわからないように隠語的というか具体的な単語を挙げずに話したりしていますが、人の目関係ない所では色々とこれまで話してきました。
 真面目な話でちょっと険悪になったりも、沢山しました。
 それもまた話し合いで解決してきました。

それが普通になる日を願っている

 週末になると時間ができるせいか、よくtwitterで避妊について、セックスについてを色々書いている気がします。

 面倒臭い話をすると……
 少し前の日本の性教育は、日教組界隈を中心に少しおかしな方向へ向かっていた部分はあったものの、ぼちぼち進んではいました。
 ところが小泉政権時代に「過激な性教育」とあげつらわれ、マスコミと山谷えり子議員を中心に非難され、日本の性教育の現場はそれによってものすごく委縮しました。
(気になる方はその時の大きなきっかけとなったwikipedia:七生養護学校事件 を見てみて下さい。これをきっかけに養護学校以外の性教育の現場に対しても大きな非難が湧きました)

「中学生にはセックスという語を教えない」「高校生にもせいぜい避妊方法の羅列程度で実践的なことは何も教えない」という、世界的に見てものすごい保守の温室育ちをやっています。

 その反面、性的なコンテンツの中途半端な充実により、中には一方的なセックスを「そういうものだ」と本当に信じてしまっているティーンもいます。もちろん少数派だとは思いますが、それが教育の賜物であるとするなら「少数派だからいい」とは言えません。

 皆に同じに性教育の機会が必要だし、教えなければ結婚するギリギリまでセックスをしないということはありません。正しく教えて、自分で判断できる子供を育てることが大人の仕事です。

 しいては、自分の人生とは何か、自分とは何か、パートナーと生きて行くということは何かという、言うなれば自分自身の根幹に関わる自信や確信を持てる為に、性教育はあります。

 大人になってしまった、大人の入口に立ってしまった人達のきっかけは、私のようなアカウントやブログが「避妊について」「セックスについて」を話しているのを見つけてもらう、見て貰うことではないかと、私は10年くらい前から考えていました。

 

 私のようなアカウントをきっかけに、普通の人が普通に避妊の話ができる日本になったら良い。
 そうなることで、避妊について考えない男性も淘汰されるし、男性任せになってしまいがちな女性も減って行くのではないか。

 今はまだ、下ネタばっかり言ってるただのエロいババア程度の認識かもしれませんが、本気でそんな風に考えて、今に至っています。

 さあ、私とセックスの話、避妊の話をしましょう。

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